狂言回しのサル
情熱を持って生きる。
夢に向かって真っすぐに。
常に全力で、自分の最大限の能力を発揮しながら。
でも現実はいつも厳しい。
上手く行かないのは努力不足のせいか、それとも才能不足や運がないからなのか、そもそも自分の考え方やあり方そのものが間違っているのか、悩み出すときりがなくなって来ます。
周りのひとを見ると、みんなよく頑張っているなと関心します。
私はもともとが怠け者ですので、中途でやる気をなくしたり、あきらめたりすることが多く、この年になるまで何かを本当に成し遂げた達成感がありません。
もちろん小さな成功体験は沢山ありますし、自分の過去に自信もプライド持っていますが、いつも「これじゃない感」にさいなまれています。
常に「ここではないどこかへ」行きたい願望が強く、隣の芝が青く見える性質です。
自分でも、いいかげん学習しろよと思うのですが、なかなか治りません。
私は昔から占いが好きで、いろいろ本を買ったり、ネットなどでも調べるのですが、そういった自分の性質は、星の配置などにも見事に出ています。
占いが好きといっても他人を占う事は出来ませんし、またやろうとも思いません。
あくまでも自分を理解するためのツールや、指針としてのみ活用しています。
私は常に自分自身や興味のあることだけにエネルギーが向かいやすく、他人や周りの出来事に対しては基本的に無関心です。
それも占いで出ています。
占いに科学的な根拠は、まったくありません。
しかし膨大な情報の統計学でもありますので、馬鹿には出来ないと思っています。
生まれた場所や出生時間まで調べて出すホロスコープや紫微斗数などは、かなり詳細な性質を割り出すことが可能だと思います。
もちろん運命が決まっている訳ではありませんし、なにごとも自分次第なのですが、興味の方向や、選択肢はおのずと狭まって来ます。
本来選択肢は無限のはずですが、その人の性質や興味の範囲は、だいたい限られてくるものです。
ただそれがなぜ星々の配置で方向づけられるのかは、まったく分かりません。
通常親子は性格が似るものですが、親子の星の配置も似る事が多いともいわれますので、これも本当に不思議な話です。
これらが解明されるのには、もっと科学が進歩し、それこそ宇宙の神秘に手が届くまで行かないと無理かもしれません。
それくらい大きな数式や法則が隠されている気がします(なにか大いなる意思かも)
「事実は小説よりも奇なり」といいますが、歴史などを見ても、運命というものがあるいは決まっているのでは、と思えるくらいドラマティックなエピソードが数多くあります。
そんなことを考えていると、なんだかひとの人生は天の意志で動く「狂言回しのサル」であるような気がしてとても不愉快です(意図されているかのようで)
しかし、占いを信じようが信じまいが、私たちは限りある命を、今日も精一杯生きるしかありません。