マサオのブログ

よもやま話ですが、何かのお役に立てれば幸いです。

隠然たる影響力

今朝水を使うと、冷たいではなく「痛かった」です。

今日も寒い。

水の冷たさで、その日の寒さが分かります。

昨日、少し出ましたが、今日は日本の自虐についてです。

よく「自虐史観」や「土下座外交」の弊害というのは良く耳にしますが、私はあまり極端で強い表現は好きではありません。

敗戦後の日本は、押しつけの憲法でアメリカの奴隷にされたとの意見がありますが、必ずしもそうではなく、国土を破壊され、ぼろぼろになった状態での、当時の人々の正直な気持ちも入っていたのではとも思えます。

この辺りの議論は、事実関係がはっきりわかりませんので何とも言えませんが、少なくともこの憲法日米安保核の傘のお陰で、日本がこれまで戦争に参加せず、その後の奇跡的な復興を遂げる事が出来たとは否定できない事実だと思います。

しかし昨今のアメリカの弱腰外交を見ていると、不安になりますし、中国の覇権主義や、北朝鮮拉致問題ミサイル防衛を考えるとき、国の安全保障を考える上で、憲法交戦権を認めないのはフェアではありません。

抑止力は本当に重要な要素です。

これは個人にでもあてはまります。

私は子供の頃、身体が小さく非力で、正直いじめられっこでした。

ところが、中学から水泳を始め身体が大きくなると状況が変わりました。

私の中身は変わってないのに、昔のいじめっこが、手のひらを返したように態度が変わったのです。

その経験から「しょせん人間も動物だ」と学びました。

別に喧嘩をしなくても強そうだと、人は本能的な恐怖を感じるのです。

大人になってからでも、力関係などで立場が複雑化しますが、この影響力ははかりしれません。

営業など、人と会い交渉するときにも、この力は隠然と働いていますし、そこもふくめてその人の力だと思います。

それに勇気や自信、ここ一番の根性も最後には肉体が支えてくれると、冒険家でアルピニスト三浦雄一郎さんもおっしゃっています。

これには同感で、私がフィジーで強盗と格闘出来たのも、この肉体的な自信があればこそです。

幕末の薩英戦争では、イギリスは薩摩藩に勝利(諸説あり、提督と艦長は薩摩の砲撃で死亡)したものの、一地方領主の藩士たちの士気、戦闘力の高さ、日本刀の切れ味をみて、日本の植民地化をあきらめたといわれています。

国も個人も、相手の弱みに付け込む行為は変わりません。

世の中弱肉強食です。

戦争には絶対反対ですし、唯一の被爆国として核武装にも反対ですが、通常兵器の抑止力や、法整備は必要だと思います。

現在の世界情勢下では、先進国同士の昔の様な全面戦争は起こりえない。

どこも経済的に結びつきが強すぎるし、国連で総スカンを食らえば経済封鎖で終了ですので、戦争するメリットがありません。

それよりもテロが怖い。

サイバー攻撃原発などへのテロ攻撃が深刻です。

もしくは覇権主義国家は軍事力を背景に、脅迫外交を展開してきます。

敗戦後70年経っても、反日教育をし、謝罪と賠償を要求され続ける(戦後補償は終了、多額のODAも支払って来た)のは、健全な状態とは思えません。

なんでもアメリカのお伺いを聞かなければならない状態もです。

日本社会の自虐や後ろ向きの意識の背景には、こういった弱腰の外交姿勢も影響していると感じますし、教育も問題です。

私の学生時代は、教師によっては日本は悪い国(要約すると)だとさえ、教えられました。

日本は民主主義国家ですので、国民が望めば、投票をし、その結果憲法を変えるのは当然の権利ですので、きちんとした手続きの元、私たちの国の安全と将来のためにも真剣に向き合う時期が来ていると思います。

普通の主権国家になって欲しい。

普通に防衛が出来る国になって欲しい。

こちらへの攻撃意思の明確な(人工衛星でわかる)ミサイル基地への先制攻撃(巡航ミサイルと違い、弾道ミサイルは迎撃が極めて難しいので)(命中精度は近年向上していますが)、国連維持活動や邦人救出目的の派兵は出来るが、侵略目的や他国の代理戦争は出来ない様に明確に規定すれば問題ないと思います。

アメリカとも対等の関係でありたい。

日本のニュースなどの、海外の反応を紹介したサイトを見ていても、ほとんどが日本や日本文化に対して好意的です(翻訳後なので全面的に信用は出来ませんし、そもそも親日反日の人しかみないでしょうが)

いつか自虐から脱却し、自国の技術や文化に誇りと自信をもった素晴らしいリーダーシップ(覇権主義ではない。そもそも特定アジア諸国「中韓」しかそういう目で今の日本を見ていませんが)を発揮する国になって欲しいです。