マサオのブログ

よもやま話ですが、何かのお役に立てれば幸いです。

ペリー来航が始まり

今日も暑く、真夏らしいお天気です。

外にいると正直辛いですが、明るい陽射しのあるこの季節は、緑が萌え、命の恵みをいっぱい感じることが出来るので、本当に大好きです。

日本の八月は、お盆休みや、終戦(敗戦)記念日もあり、ご先祖に感謝したり、命の尊さを考えさせられる季節でもあります。

そして6日と9日は、原子爆弾が投下された日です。

人類が核兵器を初めて使用した日として、これからも永久に記憶されるべき日(ただし、モヘンジョダロ遺跡には、核兵器でしか考えられない高熱にさらされた遺跡が見つかっており、古代にも核戦争があったとされる説も有りますが、アカデミーで正式には認められていませんので、ここでは含みません)

原爆投下には賛否両論ありますが、少なくとも民間人の大量虐殺であることは間違いありません。

原爆だけでなく、東京大空襲を初めとする日本の大・中都市を焼夷弾により爆撃したカーチス・ルメイ(通称皆殺しのルメイ)による、日本本土焦土作戦は、最初から完全に非戦闘員を狙った戦争犯罪であると思います。

アメリカ側の公式見解では、原爆投下により、戦争の早期終結を迎えることができ、本来計画されていた、ダウンフォール作戦(日本本土上陸作戦)により、日米双方の甚大な損害を防ぐことが出来たとしています。

もちろんこの説も、完全には否定出来ません(日本軍は本土決戦に備えていました)が、実際には、あのまま海上封鎖していれば、日本の降伏は時間の問題だったと思います。

投下の目的は、ソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、日本本土侵攻を狙って来たことによる共産主義拡大に対する牽制(東西冷戦の始まり)や、核兵器の人体実験(広島・長崎ではそれぞれウラン型・プルトニウム型と別々のものを使用)の場だったともされています。

日本側から鬼畜と呼ばれたルメイはともかく、ニミッツやアイゼンハワーなど、アメリカ軍の最高司令官は、原爆投下に反対していたにも関わらず、政治家(トルーマン大統領)が決定しました。

その意味では、民主主義におけるシビリアンコントロールが、皮肉にも逆に作用しました(普通は軍が主戦・好戦論的)

要するに、軍事作戦や戦争終結目的ではなく、その後のアメリカの国益や世界戦略における政治的判断によって、この大量虐殺が行われたのが、私は腹立たしく思います。

しかし考えてみれば、戦争自体が、この国益と戦略のぶつかり合いであり、政治手段そのものだとも言えますので、アメリカの政治家は優秀と言えば優秀でしょう(日本人には、ここまで悪辣なことは出来ない気がします)

日米戦争の始まりは、真珠湾攻撃ではなく、歴史的見地から見れば「ペリー来航」に遡るとも言われます。

文明国同士の激突。

自国を勝ち目のない戦いに至らしめた、日本。

自国の国益の為には、相手国の民間人の大量虐殺もいとわない、アメリカ。

どっちも、どっちという感じです。

いまだに残る傷跡や沢山の問題(戦争や軍事問題だけに限らず、この国のあり方そのもの)は、70年経った今でも、戦争(敗戦)の代償の大きさを、戦後生まれの私でさえ、あらゆる場面で否応なく感じさせられます。