100年の計
昨日の甲子園の小山台高校は残念でしたが、最後の最期で一矢報いたのは素晴らしかったと思います。
ああいった、根性や魂で打ったヒットは好きです。
聴くところによると、小山台は公立なのでグランドも狭く他の部との兼ね合いで、練習時間も少なく、進学校なので部員も勉強をしっかりしているだろうし、私立でスポーツ推薦もあり、野球以外にもスポーツに強い履正社に負けたのは、仕方ないのかもしれません。
スポーツ推薦といっても少しアドバンテージが有るだけで、別にみんな同じ高校生だし、元々の能力に差はないけれど、練習量や何に時間を割くかで結果が変わるというよい見本だと思いました(野村克也さんは、テスト生でプロ入りし三冠王)
私は、教育は目的に合わせ集中的にやった方が良いと思います。
何を学ぶかは本人の意思が大切ですが、将来こうなりたいとか、目標がはっきりしているならば、それに特化した方が早く結果が出ます。
そしてその成功体験が、他の分野にも生かされ、その後の人生でも、どんどん成功を重ねていけると思います。
勿論、いろんな知識や経験を積み重ねた方が、最終的には有利ですが、結果が出るには時間が掛かりますし、人生はあっと言う間に終わってしまうので、まずは専門分野を目指す方が他との差別化も出来、希少価値のある人材になることが出来るでしょう。
興味のない事を詰め込んでも、大抵役に立ちませんし、忘れてしまいます。
私は時々、人から雑学が得意で、知識が豊富だと言われることがありますが、学生時代の成績は悪く、大学にも行っていません。
なのに大卒の人にさえ、そう言われるのには、首をかしげます。
それで学位を持っていると言われても、意味が分かりません。
いったい何のための教育でしょうか。
学ぶことは、自分の人生を豊かにするためであり、今と違う結果を出すためです。
今出している結果は、その分野での自分の考えや知識、そして行動の結果です。
その結果を変えるために、学ぶのです。
知識が有るという事は、これだけネットが発達した今日の情報化社会ではあまり価値がありません。
大切なのは、決断、行動、実践です。
ただ良い成績を取り、高学歴を得ても社会人としての市場価値は、ほとんどありません。
現在は、学校と実社会がリンクしていません。
何のために学ぶのか、社会に有用な人材をどう育てるのか、国や社会を挙げてもっと議論が必要だと思います。
一番大切なのは人材です。
「教育は国家100年の計」
日本の未来の為にも、教育改革が急がれます。