マサオのブログ

よもやま話ですが、何かのお役に立てれば幸いです。

ブラック化で危なくなる

今日は尼崎のJR脱線事故から、ちょうど10年です。

あれからもう10年も経ったなんて、ちょっと信じたくないような感覚です。

10年ひと昔などといいますが、私の中では、正直ついこのあいだの様な感覚です。

当時私は、尼崎の武庫之荘にある歯科材料の会社に勤めており、営業マンとして日々、歯科医院や歯科技工所を、自動車で訪問して回っていました。

尼崎市全域はもちろん、西は神戸の須磨、東は新大阪や吹田、北は西脇市丹波篠山と、広大な地域を担当しており、毎日走り回っていました。

ちょうど10年前の今日は、西宮や尼崎付近を走っており、甲子園口駅前の技工所に入ったとき、そこのテレビで事故の惨状をしりました。

外は応援に行くと思われる、複数の救急車のサイレンの音で、騒がしかったです。

ちょうどその10年前には阪神淡路大震災があり、尼崎でも新幹線の高架が落ちた箇所が2か所もあり、よくもまあこんな大惨事が、頻繁に起きるものだと思ったものです。

その日は、尼崎市内を警察や消防、救急車が走りまわっており、その後、事故現場の近くを走っていた時に、杖を突いた怪我人の男性が、救急病院から出てくるのを見て、もしかしたら脱線事故の被害者かも(違うかもしれませんが)と、思ったのを思い出します。

事故原因は、若い運転手のヒューマンエラーでしたが、JR西日本の体質や構造にも問題があると指摘されました。

事故の4ヶ月後くらいに、会社の近くで遅くまで飲んでしまい、帰りの電車が無くなったので、なぜか大阪の自宅までいっそ歩いてやろうと思い(かなり酔っていたので)、てくてく歩いて行くと、さすがに疲れて公園のベンチで寝てしまいました。

目が覚めると付近は少し明るくなっていて、時計を見るともうすぐ始発の時間です。

鞄はうつぶせで、だきしめて寝ていたらしく、財布などは無事でした。

一度近くに人が来ていた気配は、うっすらと記憶にあり、危なかったと思いました。

携帯で地図検索をすると、一番近くの駅がJR尼崎だったので、そこに向かいました(武庫之荘から、よく歩いたものです)

どこを歩いているのか、自分でもまったく分かりませんでしたが、住宅地を歩いていると、急に広い場所に出ました。

何となく見覚えがあるなと思って、もしやと思いながら歩いて行くと、事故のあった場所に偶然遭遇しました。

道理で見覚えが有るわけです(テレビで付近の映像を何度も見ているので)

明け方とはいえ、付近には誰もいませんし、正直少し怖くなりましたが、見てみると、現場は本当に緩やかなカーブでしたので、よくこんな場所で脱線したものだと、よっぽど無茶な速度だったのだと実感しました。

最近は、飛行機事故や、高速バスの居眠り運転などが、よく起きている印象です。

直接の原因は、運転手(操縦士)のヒューマンエラーが多いですが、実際には、規制緩和による競争激化で、人手不足などで勤務状態が厳しくなり、従業員にしわ寄せがきて事故に至ったケースも多く、会社側にも重大な責任があります。

世の中「ブラック化」が進んでいることが、最大の原因なのでしょう。

最近は激安航空戦争などで、エリートのイメージが強い「航空業界」までが、ブラック化していると聞きますので不安です。